CS三界に家がない!

9-35 自分のアパートから逃げる

一度火が付くと、枯野原に火が燃え広がるが如く、どんどん拡大し、手が付けられなくなる。

反応し始めた化学物質過敏症の状態は、まさにそれだ。始まりは一つの化学物質であっても、反応が反応を呼ぶのか、次々別のものにも反応するようになる。水、食べ物、洗剤や香料、壁材や床材…どんどんどんどん拡大し燃え広がってゆく。これを”アレルギー・マーチ”と呼ぶ医師もいる。

下田のアパートで床下の白アリ駆除剤に反応し始めた私は、居間で寝ることも、居ることも出来なくなった。

そしてたった一日で、今度は避難したキッチンルームの方も難しくなってくる。夜眠れない。息苦しい。頭痛。全身の皮膚に何かが突き刺さるような刺激を感じる。睡眠不足で、たちまちずっしりとした疲労感が蓄積してくる。恐ろしいほど、速い反応スピードだった。あっという間にあれもこれも駄目になり、家の中で自分が要られる場所、適応範囲がみるみる小さくなってゆく。その底無し感が、恐い。

しかも自分ではこれを、この反応する身体を、どうすることも出来ない。

長時間このアパートで過ごすのは危険かも…

そう思い、とにかく外に出ていることにした。水と食べ物を持って、一人でいてもさして怪しまれないような場所で、昼間ずっと過ごす。

もう使われていない会社の保養所の玄関ポーチとか、人の来そうにない空き地とか。要するにこれは、自分のアパートからの避難だった。

最高だったのは、偶然見付けた、高台にある古いお宮だった。道の奥に古い石造りの階段があるのを目にし、何だろうあれ?と上ってみると。てっぺんがその小さなお宮があった。

階段の途中、振り返ってみて驚いた。下田港と海を一望出来るではないか!素晴らしい景色だった。なぜこんなグッドビューのところが無人のまま放置されているのか不思議だったが、私にとっては最高に良かった。あらゆる化学物質から逃げ、避けていたい今の私にとっては。

海風が、下の方から上がって吹き抜けていく。その風を、味わうように全身に浴びた。身体がスーッと楽になってゆく。夕方、暗くなるギリギリまで、私はそこで過ごす。

しかしどんなにそこが最高でも、夜は、またアパートに戻らねばならない。あの甘ったるいニオイのする、身体がおかしくなる部屋へ。また今晩も苦しめられながら、あそこで寝るしかないのだ。その帰り道の嫌さ加減といったら・・・・。

下田くんだりまで逃げてきたというのに、またしても私は家を失っていた。安全に寝られる空間が無いというのは、イコール家が無いのと同義だ。しかしそれでも、身体がおかしくなるのを承知で、そこにいるしかない。そこで寝るしかないのだ。苦しさにウンウン耐えながら。

これはもう拷問に近かった。

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