雨がびしょびしょ降っている。
階段のコンクリでぴちょんぴちょんとはね返る水滴をぼーっと見ながら、私は考えていた。
どうしたらいいんだろう・・・。
朝から雨だった。私はアパートの向かいにある、今はもう使われていない保養所の玄関ポーチに例によって避難していた。水と食べ物を持って。
アパートの部屋には、とてもいられなかった。こういう湿度の高い日は特に、床下の白アリ駆除剤だけでなく壁や床材から、あらゆる化学物質が挿発して出てくるらしく、きつくてどうしようもなかった。朝起きたときから頭は朦朧としていて、顔や腕などの皮膚は荒れてすでにボロボロで、睡眠不足も手伝い全身疲れきっていた。何かもう、スーッと死ぬような気が…。
それでも、集中出来ない頭を何とか駆動して、考えていた。どうすれば、いいんだろう…

今夜もう一晩、あの部屋で寝られる気がしない。どうしてもしないのだった。嫌だとかそうしたくないとかいうのではない。もっと動物的本能的に「無理」と思うのだ。やばい。いよいよ、やばい。命がやばい。そう思う。
岡山のCS患者の増田さんが、軒下にパイプを組んでまでして外で寝る理由が、わかった。
車で山に逃げ連日連中泊を続けている別の患者のYさんの気持ちがよくわかった。同じ境遇になってみて、いかにこの状態がきつく、不安定で、身も心もすくみ上がるものなのか、本当にわかった。自分が今晩寝る場所が無い。それはこんなに、、人を寄る辺ない、無力な、絶望的な気分にさせるものなのか。
これ以来、よく災害などで避難所に避難した人たちが「家に帰りたい。安心して眠りたい」と言われるその気持ちが、痛い程わかるようになった。どんなに言葉を尽しても、これは体験した人間にしか、たぶんわからない。
とにかく私は、必死に考えていた。どうしよう。どうすればいい?私は今晩、どこで寝ればいい?
ふと、浮かんだ。
2階。あのアパートの2階の部屋。
床下の白アリ駆除剤にやられているのだとすれば、少くとも2階の部屋にはそれはないはずだ。地面に接していないのだから。
すぐに、部屋に戻って固定電話機を玄関外まで引っ張り出し、不動産屋のタナハシさんに連絡した。事情を話し、とにかく今日、今日のうちに、何とか2階に移れるようにしてもらえないだろうかと、必死に頼んだ。こんなに何かを人に必死に頼んだことは、これまでなかった。
CSのことをよく知っているタナハシさんは、「緊急につき」と大家さんを説得してくれ、その日の夕方に2階の部屋の鍵を開けてくれた。
たすかった!! 心の底からそう思った。
4月13日にこのアパートに引っ越してきて、約1ヶ月と10日余り後の5月26日に、私はこの2階に移ったことになる。
やれやれ、これで何とかなった…。
このときは、そう思ったのだ。
コメント