またある日には、こんなことも書いている。
なんか最近、現実感、自分がここにいるという意識が薄い。自分の意識が自分自身にパキパキと向ってないこと言う感じで、なんか8ミリを回して自分を見ているよう。なんか、誰かに動かされているような気がする。自分の意志とは無関係に。自分が全く自分でないような。
なんか、脳の一部が腐ってゆくような気がしてならない。または硬化。自分の意識のどこかが死んでいってるような。そんな危機感がある。バランスがとれない。自分と外界との間に紗幕がかかってる気がする
(94年10月21日深夜)
また次のような記述も繰り返し出てくるようになった。
対人関係がまた下手になる。社交辞礼とか軽口がたたけない。口調もとろくなる。のクセに口から出た言葉が異様にキツくなることもある』
(同年11月23日)
言葉のやりとりがぎくしゃくしてやりにくい
(95年11月18日)
しゃべるのが下手になった。話題も続かない
(同9月25日)
どうしてか、思ったように話せない。しゃべれないのだった。相手とのコミニュケーションというより、自分のなかの「言葉の連携プレー」が上手くいかない。何かを言われても言葉が頭に浮かんでこないことがあったり、 また言葉は浮かんでくるのだが口からはまったく違う言葉が出てしまった、ということもあった。脳の、言葉を想起する部分や、それを口に出していうところ辺りのその連携が、おかしくなっている。スムーズにいかない。
おそらくこの症状がよりひどくなると、99年の夏に私が農薬で発作を起こしたときのように、頭の中には何一つ言葉が浮かんでこず思い出せず、口も言おうとしても何を言えない、という顕著な状態になるのだと思う。いわば失語のマックス状態。
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