奥野井 タリカ

北里病院へ、行った話<奇妙な診察編>

5-21 トルエンジイソシアネート

杉並中継所が稼働して2年後の、1998年5月。津谷は某所で、ある一つのデータ解析に臨む。 それは、1997年1月30日に、東京都清掃局(杉並中継所を管轄している)が中継所/の南約200メートル地点で観測をした、その空気データだった。津谷は、...
北里病院へ、行った話<奇妙な診察編>

5-20 科学者の使命・黒田チカの言葉

しかし実際のところ、杉並中継所からは何が出ているのだろう?これほど広範囲に健康被害をもたらした、あの汚染空気のなかには、いったい何が含まれているのだろうか? 杉並中継所に持ち込まれるプラスチックごみは、焼却されているわけではなかった。地下施...
北里病院へ、行った話<奇妙な診察編>

5-19 杉並病と化学物質過敏症

郷里和歌山に戻った星谷も、安全な暮らしとは程遠い日々だった。近所で頻繁に燃やされる家庭ごみや野焼きの煙、排水より立ち上ってくる合成洗剤のにおい、車の排気ガス…どこへ逃げても何かが追いかけてきて、身体は反応した。激しい症状が出て、そのたびに倒...
北里病院へ、行った話<奇妙な診察編>

5-18 凄まじい反応

津谷裕子と星谷昇子はともに、稼働2か月後の6月に、重篤な状態に陥る。津谷は自宅で意識消失しかけ、星谷は呼吸困難になり、病院に救急搬走され入院となった。そして退院後は、自宅へは結局戻らないまま、転居する。井草の自宅に戻れば、入院でやや治まって...
北里病院へ、行った話<奇妙な診察編>

5-17 感作

症状が、汚染空気の有無によって、出現したり消失したりする。 それはつまり、身体が汚染空気に感作している、ということを意味していた。 「感作(かんさ)」とは、症状を引き起こす原因物質に、反応するようになることをいう。そしてその物質に接触するた...