しかしまた別のとき、こんなこともあった。
レンタルビデオを、2本か3本、貸りていたのである。DVDではなく、当時はカセットビデオのVHS時代。
返却が1日遅れると、延滞料として1本300円取られるというシステムだった。2本だと1日600円、3本だと1日900円ことになる。
それを私は、まる1週間返しにいかなかったのだ。1週間、つまり7日間!
忘れていたわけじゃない。 それどころかしっかり覚えていた。覚えていて毎日、1日ごとに加算されていく金額を計算しながら恐れ慄いていた。冷汗かいていた。
今日で1200円(か1800円)、今日で2000円(か3600円) 今日で、、、
朝起きるたび、今日は行こう、今日は返しに行こう、と思うのだ。絶対行こう、と。
でも行かない。いや行けない。アパートから外へ出るのが、何か嫌。出たくない。そうしてぐずぐずしてるうち、夕方になってしまい、「ああ、もういいや、、、」と放棄する。7日間の間ほぼ毎日、ずっとその繰り返し。
さっさと返しに行った方が、ずっと楽なはずなのだ。一日中ビデオ返却で思い悩み、悶々と過ごすよりは遥かに。でも行けない。出来ない。何か強力な魔法でもかかってるかのように、どうしてもドアを開けられない。開いて出ていけない。それはなにかもう、もの凄い禁忌であるような気がして、梃子でも外に出られないのだ。その拘束力たるや。
なぜ出られないのかといえば、やはり「怖いから」なのだった。何が怖いのかって街を行く人たちが。歩いている通行人の人たちが。
外に出た途端、彼らが一勢にこちらを見て、私を責め立ててくるような気がする。いや責めないにしても、私を見るその目が、私を批難する色を濃厚に帯びている気がする。視線で責めてくる気がする。向こうを歩いているサラリーマンのおじさん、立ち話をしている主婦らしきおばさんたち、自転車に乗っている若い青年、下校途中の小学生の子どもたち…それらがみな一勢に、私を見て目で批難してくるような、その視線がまるで吹き矢のようにヒュンヒュン飛んで来てはこの身体にブスブスと突き刺さるような、そんな気がするのだ。
それが怖いのだった。だから外には出られない。どんなに悶々として苦しくとも、このアパートの部屋の中にいれば安全だった。唯一安全な場所がここ。ここしかない。そう思うのだった。この強制力はかなりなもので、自分でもなかなか抗うことが出来ない。
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