仕掛けられたうつ(chaptor3)

8-5 毒売って儲けとうない

昔ながらの製法、塩だけで漬物を作ってきたこの店は、戦後になって急に品物が返品されることが多くなった。「色が悪い」「傷みやすい」「よそは腐らん漬物作ってるぞ」と再三言われ、挙句には、

東京の業者から、紫の粉ォ渡されて、
紫のしば漬を作れと言われたときは驚きました。
なにが悲しゅて京都の漬物屋が
東京の人間から漬物の指図されななりませんね

しかもその「紫の粉ォ」なるものは、薬局に行ってハンコを押さなければいけない、つまり「劇物」扱いのものだった。それで嫌になり、それまでは卸し問屋だった店を廃業し、小さな小売店に転じてしまったのだという。

しかし毒売って儲けとうはなかったんですわ。

えいっと店畳んで、賀茂へひっこんで

小さく細々と小売りでやっていこうと決心したのが昭和三十年です

そしてこの漬物屋の御主人は、笑顔を浮かべながら淡々とした口調で、次のように言う。

一人や二人の人間殺しただけでも

殺人犯やの死刑やのと言われるのに、ようまあ毒が使えますな。

そうですやろ、ハイジャックで刃物を見せただけでも

逮捕されるのに、店先に毒を並べていて、

なんで犯罪にならへんのでっしやろ。

他のお人の考えはわかりませんが、

私は毒使って漬物つくっては御先祖さまに申訳ないので、

毒は使うてません

柔和な顔でズバズバと物言う(さすが京都人だ!)この御主人の言葉を聞いて、
『こういう人たちが日本中のあちこちにいて、どうにか日本が滅亡するのを支えているのではないだろうか』
と有吉は感心している。

ちなみに、この京都の漬物屋さん、「すぐきや六兵衛」は今でも健在で店を続けている。主人は代替わりしたが、今も頑固に「塩だけ」の漬物作りを守り続けているという。店が続いているのはつまり買う人が絶えなかったわけで、ということはそれだけ、美味しいのだろう。

そう、安全で「毒」など入っていない食べ物は、何よりもまず「美味しい」のだ。私たちの舌や身体は、本来それを感じるように出来ている、んだろう。

 

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