CS三界に家がない!

9-26 見えてきたもの

「空気のきれいなところで、一生暮らす」

空気、その質の良し悪しというものを、この人は人生において何よりも優先すること、としている。そのことが私には、衝撃的だった。

「このN県のもっと北の方に、若手の有機農業の生産グループがあって。今そこに通って、農業実習を受けてるの。近いうちにそっち移って、何とか住める家を見付けて、ゆくゆくは有機農業をして自活してゆきたい。そう思ってる」

松本さんは明るい声でそう話す。「ものっすごい田舎で、崖っぷちみたいな山道を車でえんえんと走って、やっと辿り着くような集落なんだけどさ」そう話す声は内容に反してどこか誇らしげだ。「ものすごい田舎」、だからこそいいのだ。

松本さんのこの話を聞いて、私の中で何かが軽くひっくり返った。そんな気がした。価値感?それまでの常識?みたいなものが。

これまで私は、何もかもマイナス思考で考えていた。あれも出来ない、これも駄目だ、と。実際CSになって、身の廻りの化学物質にどんどん反応し始め、行動範囲もやれることも、狭まってゆく一方だった。この社会における自分の居られる場所が、文字通り、物理的に、どんどん縮まり狭く小さくなってゆく。「化学物質を避けたい」―やっていることは、ただそれだけなのに。

化学物質に追いかけられ、身体はダメージを受け続ける。それに対抗してやれることといえば、基本「逃げる」ということしかない。「逃げる」「避ける」ということしか。

そんな日々が繰り返されると、いつしか精神、心の方も、どんどん狭く、どんどん消極的になってゆく。ほんの六畳一間でもいいから、そこで一生幽閉生活となっても構わないから、化学物質に脅えずに暮らしたいーなどとそのくらい切実なのだが。

そんな私のマイナス思考、消極的姿勢が、松本さんのお陰で吹っ飛んだ。

「空気のきれいなところで暮らす」そこからすべてをスタートさせる、という考え方。
思えば私のマイナス思考の工台は、いつも都会、都市都の生活なのだった。でもそこから間違っていたんじゃないか。

「空気がきれいなところ」とはつまり、「自然により近いところ」だ。田舎。田舎にも農薬の問題はあるが、それでも都市都よりは空気の質が根本的に良い、田舎の方がまだ可能性がある。そこには活路を見出す。

目の前に一瞬、大きな山が、そしてその山の麓の豊かな大地が、わっと広がった気がした。初めて、イメージ出来たのだ。ああそうか、「あっち」へ行けばいいんだ。私は「あっち」へ行けば、深く大きく呼吸をして、生きていかれるんだ、と。

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