『アンダーグラウンド』のなかで、著者村上春樹もそのことに驚いたのか、サリン中毒患者の治療を行った医師斎藤徹(救命救急センター医師)が、
『有機リン剤というのは、昔から使われています。それを自殺目的で飲んでしまう人も以前からちょくちょくいました。(-中略-)簡単に言ってしまえば、結局「有機リン剤がガスのかたちを取ったものがサリンであった」ということになります』
と説明したのに対し、
『―といいますと、有機リン剤を使った農薬を飲んでも、サリンと同じようにコリンエステラーゼ値が下がって、縮瞳が起きるということですか?』
と問い、斎藤徹医師から
『そのとおりです。まったく同じ症状です』
との回答を受けている。(同書p258~259より)
有機リン系農薬と神経毒ガスは、その起源も、作用も、同じ一つのものなのだった。
ならばそれは、こうも言えるのではないか。
私たちは、日常生活の中でつねに、「低毒性のサリン」を吸い込んだり食べたりしながら暮らしているのだ、と。
こんなふうなことも、北里病院クリーンルームで先生の話を、ただポカーンと聞いていた当時の私には、知る由もないことだった。
あのときの私は、「これでやっと、化学物質過敏症と診断された!」という喜びや安堵感と、「これからどうしよう…」という膨大な不安感とで、ただただいっぱいだった。
化学物質の怖さ、やっかいさ、特に農薬から逃げることがいかに困難なのかを知るのは、嫌という程それを体験するのは、これより少し後のことになる。
<参考文献>(文中紹介以外)
- 『化学物質過敏症』(柳沢幸雄 石川哲 富田幹夫著 文春新書 平成14年2月発行)
- 『絵でみる脳と神経 しくみと障害メカニズム第3版』(馬場元毅著 医学書院 2017年1月発行)
- 『NHKスペシャル「人体~神秘の巨大ネットワーク」3(NHK取材班 東京書籍 2018年6月発行)
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