北里病院へ、行った話<奇妙な診察編>

5-32 それしか方法はない。

奥野井さん、来てました、手紙

そう言って私に示し、また文面に目を戻した。そして読み終えると、

奥野井さん。N県へ行きなさい

「行ったらどうですか」でもなく、「行った方がいいですよ」でもなかった。「行きなさい」だった。

手紙の末尾に私は、つけ足しのように小さな字で、「N県に父が建てた家があり、そこへ逃げようかどうしようか、迷っています」と書いていた。それを読んでの言葉だった。「N県へ行きなさい」

逃げろ。

そう言ったのだ。

初めて、この先生の肉声を聞いた気がした。それまではずっと、建て前的な、公式見解のような言い方に終始していたこの先生が。診察室の外だったから、そう言ってくれたのだろうか。

やっぱり、そうか・・・。

私は、先生を見ながら頷いた。逃げる。逃げなきゃ、やはり駄目なのだ。逃げて、逃げて、どこまでも逃げて・・・。

同時になぜか、こんなことも考えていた。

化学物質過敏症の医師をやってるのも、なかなか大変だ・・・

治療法がない。薬もない。だから医師として、患者を治してあげるという喜びもまたない。化学物質を避けろ、化学物質から逃げろと言い続けることしか出来ないのだ。医師としては、  つねに敗北感を味あわされているのではないか。救えない、患者たち。化学物質の海で、溺れ、沈んでゆく患者の姿を、ただ見ているしか出来ない・・・。

私は、逃げよう。

N県の家にはまたそれで、重大な問題があった。決して安全ではなかった。でもそれでも、私は逃げる。そう思っていた。

@SORAIRO

<参考文献>

  • 『杉並病公害』 川名英之・伊藤茂孝著
    2002年発行 緑風出版
  • 『絵でとく 日本におけるイソシアネートのすべて』
    NPO化学物質による大気汚染から健康を守る会編 2019年発行
  • 「環境に広がるイソシアネートの有害性」
    津谷裕子 内田義之 宮田幹夫 『臨床環境』21 2012年
  • 「アスファルトもコンクリートもイソシアネートで危険!!」
    津谷裕子 VOC研究会
  • 『柳沢幸雄先生の空気の授業 化学物質過敏症とはなんだろう?』
    柳沢幸雄 ジャパンマシニスト社 2019年発行
  • 『マイクロカプセル香害 柔軟剤・消臭剤による痛みと哀しみ』
    古床弘枝著 ジャパンマシニスト社 2019年発行
  • 「香害被害 イソシアネートの抗体が増えている 子どもの免疫を脅かす有害化学物質」
    角田和彦 「JEPAニュース vol119 2019年10月号」NPO法人ダイオキシン
  • 環境ホルモン対策国民会議発行

コメント

  1. 未来を信じる沈黙の春 より:

    タリカさん、こんにちは!!
    タリカさんも居場所がなくて、ご一家でご苦労なさってきたのですね・・・。同じCS患者として辛さが分かりますし、現在も私をはじめ多くのCS患者さんが居場所がなく、テントを持って河原を転々としている患者さんもいると聞きます。
    居場所がないだけなく、学校や職場に行けない、病院に入れず入通院できない、薬が飲めない、有機食材しか食べられない、古着しか着られない、香料等化学物質の染みついていない古い家しか居られない等、この患者さんは本当につらく苦しい思いをしています。
    そのような中、これまでブログ掲載して頂き、大変お疲れ様でした。
    お互い大変なので、コメントご返信はいつでもいいですよ。
    これから寒くなりますので、体を大切にすごしてゆきましょうね。

 
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