仕掛けられたうつ(chaptor2)

7-14 消えた「原因論」

注意! 本章には、かなり強いうつ、自殺衝動の描写があります。フラッシュバックやPTSD等を懸念される方は、どうぞ体調を優先なさってくださいますようお願い申し上げます。

かつてはあったうつの「原因論」。身体因性うつや内因性うつといった、心因性(悩みやストレス)をほとんど含まないうつという考え方は、ではなぜ消えてしまったのか。どこへ行ってしまったんだろう?

それは、1980年代に改定された米国診断マニュアル第3版(DSM=Ⅲ)からなのだ。この3版から、米国精神学会はそれまでの「原因論」を捨て、新たに「操作的診断」という考え方を導入したのである。「操作的診断」というのは何遍も書いているが、「これこれこういう症状にあてはまればその人はうつ症」と診断するやり方のことだ。「原因」は問わない。症状だけで診断する。

この改定の理由をDSM側は、うつ病一つ取っても多用な症状があるので、原因や分類はひとまず脇へ置き、「こういう症状が出ているならうつ病」ととりあえず定義してやってみましょう、という積極的アプローチだ、としている。

しかし次のように指摘する声もある。

「DSMは版を改める度に、疾病(しっぺい)数を増やしてゆきました。
その結果、普通の人が抱く感情すべてが「疾病化」してしまったのです。」

ある精神科医はこんなことを言っていました。

「反社会的人格障害、という疾病がありますが、これは昔なら単なる『非行』ですよ。
このように、人間の感情があるところあまねく疾病あり、というのがDSMの操作的基準です。精神疾患の国際基準を作って、治療の効果を上げるというのが、DSMを細分化する理由づけになっていますが、疾病が増えれば、それに対処する薬が必要になる。つまりDSMの細分化は、製薬会社とそれにつるんでいる医師のメリットしかないのではないでしょうか」

薬を売るには病気を作れ。これが製薬会社のセールスプロモーションに隠された本当の理由です』 『うつは薬では治らない』 上野玲(れい)著 (文春新書2010年)P121~122より

1980年代はちょうど、アメリカでSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)といううつ病の新薬が市場に出始めた頃と期を一にする。大手製薬会社の思惑 -薬をより多く売りたい- と、DSMの「操作的診断」への転換。医療産業の発展と伸長のために、かつてクレペリンらが真摯に行っていた患者のきめ細かい観察、診断、そこから導き出した「原因論」の大系。それらは何より「患者を治そう」という熱意から出てきたものだった。しかしその大系も熱意も、医療の商業主義のために、いとも簡単に葬り去られたのである。

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